はじめに
世の経営者や幹部の皆様は、誰もが会社の成長と社員の成長を願い、自分なりに深く考えて、懸命に行動しておられます。
それにもかかわらず、なぜ善意の指導が反発を招いたり、企業としての取り組みに共感して自主的に行動してもらえなかったりするのでしょうか? そしてそれを、管理職のマネジメント力不足や社員の皆さんの努力不足といった理由だけで、片付けてはいないでしょうか?
その原因を探るためには、まず大きく確実に変わってきている時代の変化を知るところから始めなければなりません。
これまで成果を生んできた価値観や統制型マネジメントが、今の時代には通用しなくなっており、当然のことながら、それらは企業戦略やマネジメントに影響してきます。
本記事では、昨今言われている「風の時代」というキーワードをもとに、これからの中小企業に求められる経営やマネジメントの本質を解説してまいります。
■今、様々な価値観が「地の時代」から「風の時代」に変わった
最近このような言葉を聞かれたことはありませんか?
もとは西洋占星術に端を発しますが、世の中には200年サイクルの大きな波があり、2020年からは「地の時代(西洋占星術では「土の時代」)」から「風の時代」に移行する転換点と言われています。
これまでの「地の時代(旧時代)」とは、物質主義的価値観が重視され、物や資産、肩書などに価値を見い出す考え方で、資本主義の発展とともに拡大してきました。
一方で、「風の時代(新時代)」とは、情報(知識)、創造、コミュニケーション、自由、多様性、個人の内面的豊かさ(体験、精神性)などが尊重されます。
これらはトレンドといった流行ではなく、大きな価値観の変化としてその時代を覆っており、このことを知らずに今までの価値観で経営層や管理職が思考・行動していると、特に若手には異なった受け取り方をされ、またそういった若手の行動や考え方を、自分とは違うものとして否定的になってしまうことになります。そのため、こういった価値観の変化を正しく捉えることにより、コミュニケーションの取り方や対話の仕方においても、自分の言わんとしていることを相手に正しく伝えることが可能となるのです。
「風の時代」においては、物質やお金よりも知識・経験、人との繋がりを大切にするとともに、自分らしい生き方を表現することを望むため、個人として尊重されることも重視されます。そして現在の若手には表面上感じられにくい「主体性」といったものも実は価値観の根底としてあり、彼らは実際には「主体性」を発揮できる職場を望んでいるのです。
では、この大きな変化について詳しく説明いたしましょう。
■「地」の時代とは何だったのか──これまでの成功モデルの正体
「地の時代」とは、目に見える成果や安定性、蓄積を重視してきた価値観の時代を指します。
企業経営においては、年功序列、経験年数、肩書、明確な上下関係が組織秩序を支えてきました。
管理職は「指示を出す人」であり、部下は「指示に従う人」であったわけです。
また、結果を出せば評価され、多少強い叱責であっても「指導」として受け止められてきました。
このモデルは、右肩上がりの経済環境では非常に合理的であって、多くの中小企業を支えてきたのも事実です。
我が国における1960年代からの30年間の高度成長期は、まさにこの時代のピークだったと言えます。しかしながら、その後の30年間はいかがでしょうか? これはまさに「地」の時代が終息していくプロセスだったとも言えるのではないでしょうか?
それでも「地」の時代の価値観は、今の経営層や管理職層にもかなり根付いているのです。
■「風」の時代とは何か?
「風の時代」とは、形のないもの、流動的なものに価値が置かれる時代ということです。
情報、共感、関係性、納得感といった流動的要素が、結果に直結するようになってきています。
この時代では、肩書や年齢よりも「どう関わるか」「どう伝えるか」が重要で、指示自体よりも、背景説明や対話の姿勢によって、その後の行動結果が生まれることになります。
ものごとが常に激しく変化する時代であるがゆえに、その行動の背景や意義・目的までを伝えないと、部下は安心して行動することは出来ないのです。
ましてやその結果責任を指示を受けた人間が取らねばならないような社風であればなおさらのことです。
そういう意味においては、間違いなく管理職層のマネジメントは難しくなってきているとも言えます。
■中間層マネジメントが最も影響を受けている理由
そのような時代において、現在課長・係長といった中間管理職層が最も大変な状況であり、上からは成果と統制を求められ、下からは心理的安全性と説明責任を求められることになります。
しかし多くの中間層は、「地」の時代の成功体験を経て現場に立っているのが事実です。
結果として、本人は真面目に指導しているつもりでも、部下からは威圧的、配慮不足と受け取られ、ハラスメントリスクも高まってしまうことになります。
この状況は、前段でご説明したとおり、個々の力量の問題だけではなく、組織としてのアップデート不足と言っても良いでしょう。
では、管理職層はどのようなアップデートが必要になるのでしょうか?
■これからの管理職に求められる三つの視点
視点①
指導の前提に「正しさ」ではなく「納得」を置く
従来の管理職の教育では、「正しいことを言う」「論理的に説明する」ことが重視されてきました。
しかし風の時代では、それだけでは不十分です。
部下が求めているのは、
「それは正しいか」ではなく、「自分はなぜそれを求められているのか」です。
例えば、
「この資料、やり直して」という一言は、指導としては不完全です。
・何が足りなかったのか?
・どのレベルを期待しているのか?
・なぜそれが必要なのか?
これらを短くてもよいので言語化することが、部下に正しい行動をしてもらうための前提となり、ハラスメント予防の第一歩にもなります。
説明不足は、無自覚な圧力を生むことになるのです。
視点②
行為と人格を切り分けて評価する
ハラスメント問題で最も多いのが、
管理職の言葉が「行為の指摘」を超えて、「人格評価」に聞こえてしまうケースです。
例として、
「なんでこんなことも分からないんだ」
「やる気がないなら帰っていい」
「君にはこの仕事は向いていないなぁ」
これらは、発する側にとっては叱咤のつもりでも、受け手には強い人格否定として残ります。
風の時代の管理職に求められるのは、
「事実」
「業務上の課題」
「改善点」
だけを切り出して伝える技術です。
今困った事を相談する相手として多くの世代でAIが最上位にきていますが、AIの特長は、感情的に人格や人の価値観に踏み込むことなく、事実を捉え、具体的に課題を抽出し、改善点を提示してくれるという点で、まさにミスや課題、問題点を相談された際に最も必要な要素だけを備えているとも言えます。
視点③
自身の「弱み」「分からない事」を部下に開示する
かつては、管理職が弱さを見せることは統率力の低下につながると考えられてきました。
しかし、価値観が多様化し、正解が一つではない時代においては、管理職がすべてを把握し、完璧であり続けることは現実的ではありません。
むしろ「分からない」「判断に迷っている」と正直に伝えることが、組織に安心感をもたらしますし、そのことでメンバーや部下は協力的になります。
結果、部下との対等な対話が生まれ、部下も意見や提案を出しやすくなります。また、そうすることにより、指示待ちではなく、共に考え、行動する風土が育まれるのです。
管理職自身が一人で抱え込んでいても、決して良い結果にはつながりません。
弱さの開示は、自身の権威を無くすように思われる節もありますが、実際には対等の関係で、課題を共有し、周囲の知恵を引き出すことが真のリーダーシップであり、部下からの信頼は厚くなります。
管理職が率先してその姿勢を示すことが、これからの時代の信頼と主体性を育てる土台となります。
■感情は「抑えるもの」ではなく「扱うもの」と理解する
とは言え、多くの管理職の方々は、人間なので「感情を出してはいけない」「冷静であるべき」といったことは難しいでしょうし、また感情は抑え込むことで歪んだ形で表出することもあり、それが、別のシーンで強い口調や皮肉、無視といった形になり、ハラスメントにつながることも有り得ます。
では管理職の方々はどのようにすれば良いのでしょうか?
重要なのは、「感情のセルフマネジメント」です。
・自分が今イライラしていることを自覚する
・感情と指示を切り分ける
・一度間を置くという選択肢を持つ
感情を全く出さないことは難しいでしょうが、このように一定レベルで自身の感情をコントロールすることが必要で、これは管理職に必要な「業務スキル」の一つと言っても良いでしょう。
このようなスキルは「地」の時代の管理職層にとっては過去に磨かれた経験もないため、現代において全く新しい取り組み(チャレンジ)になると言っても良いかもしれません。
つまり、経営者・幹部に求められる「脳内アップデート」とは、経営者や幹部自身が、時代の前提をアップデートすることであり、経営層や管理職層は「使う側」として捉えるのではなく、「支える存在」として再定義することが必要になります。
「風」の時代では、リーダーの価値観は瞬時に現場へ伝播します。
だからこそ、まずは経営層や管理職層の意識改革が求められることになるのです。
■事例
では、実際に発生した事例から、「風」の時代への転換期に「なぜ問題化したのか」「組織として何が欠けていたのか」「どう着地させたのか」を少し見ていきましょう。
ケーススタディ①
「正しい指導」のつもりがパワハラと訴えられたケース
――成果主義が生んだ無自覚ハラスメント
相談の概要
従業員50名規模の製造業
製造課長(50代前半男性)が、部下の若手スタッフ(30代前半男性)に対し、
「仕事が遅い」「言ったとおりにできない」「このままでは評価できない」と繰り返し指導していたところ、当該社員から人事部にパワハラ相談がありました。
課長本人には強い悪意はなく、
「業務の話しかしていない」「事実を伝えただけ」という認識でした。
何が問題だったのか
ヒアリングを進めると、以下の構造が見えてきました。
・指導は常に結果論で、改善の道筋が示されていなかった
・面談の場ではなく、日常業務の合間に指摘が繰り返されていた
・「期待している」という言葉が一度も使われていなかった
部下側は、
「指示通りに対応しているつもりでも常に否定される」
「どうがんばっても評価される余地がない」
「言い方に課長の無意識の人格否定(お前はダメな奴)」
という認識が生まれ、精神的な圧迫を強く受けていることがわかりました。
ここで重要なのは、言葉の内容よりも、関係性と伝え方です。
課長は「地の時代」の成果主義のまま、
「数字(結果)=評価」という一本線で部下を見ていました。
対応と着地点
このような事案に対し
・課長への一方的な非難
・誓約書の取得も含む即時の懲戒対応
などに進みがちですが、段階を踏んで解決への対策を実施しました。
⑴ 課長からハラスメントともとれる繰り返しの言動が起きていた原因の分析
①自分のやり方が時代に沿っていないという自覚がない
:叱咤激励が愛情だと思っているので、人事担当から指摘されても、無意識に昔の指導スタイルを繰り返す
②知識レベルでは理解している
:言い換え方・叱り方の型を知らないので、行動変容が起きず、感情が先行しコントロールができない
③わかってやっている
:自分の権限維持やストレス発散を部下にぶつける
④組織が上司のハラスメントを容認している。周囲が注意しない環境、被害者は我慢するのが前提という風土
今回のケースでは、時代の変化に追いついていない➁の要素に加えて④の組織としての関係性も原因としてあがってきました。
(2)改善に向けた面談(1on1)実施
①課長への「事実と影響の可視化」の具体の提示
・部下の離職リスク・再配置コストのリスクを数値とともに理解を求める
・生産性への影響、心理的安全な職場との相関関係を示す
・他の社員の心理的安全性調査を実施し、結果を共有
などにより、「事実の鏡」を本人が直視する状況を作りました。
②期待行動の定義とスキルの提示
・やってはいけないだけではなく、どう言えばいいかを具体的に提示
「なんでできない!」というのではなく「ここできていないけど、どの部分で困った?」などの言い換えをトレーニング
ここまで進めて、初めて
③伴走(観察)と評価制度への接続
・課長への1on1を継続し記録を残し、変容を観察
・部下アンケート(匿名・定点)客観的情報の収集
・部下とのコミュニケーションスキルを上司の評価制度の項目に取り入れる
・管理職としての適格性審査
ここまで行うことで変化のデータが蓄積されます。
④ルール化と線引き(最後に誓約書)
・誓約書・改善計画書…目的は、「罰するため」ではなく、実践の約束を可視化し、組織としての境界線を示すこと
・必要に応じて、配置転換・降格の可能性も正式に明文化
このようなプロセスにより、指導内容と評価を切り分ける整理が可能となりました。
誓約書は、「罰」ではなく行動改善を本人が自ら選択し進めるための会社との合意形成を意図しています。
書かされたものではなく、継続的な行動基準として位置づけ、会社側は「支援者」として向き合い、改善プロセスを評価制度・フォロー体制とつなげることで、解決への実効性が生まれます。
また、課長との面談時には必ず「期待」と「改善の方向性」を言語化する支援とともに、経営層に対し、管理職の指導責任と裁量の再定義を提案しました。
結果として、
・即座のパワハラ認定には至らず
・課長・部下双方が納得できる形で関係修復
・評価制度の見直しに着手
という形で組織体制の更なる改善が進んでいます。
ケーススタディ➁
経営者の一言が現場を壊しかけたケース
――トップの価値観がハラスメントを連鎖させる
相談の概要
従業員70名規模、サービス業
経営者が会議で管理職に対して、
「最近の若い社員は打たれ弱い」「これくらいで文句を言うなら辞めてもいい」
と発言したことが、現場に広がりました。その後、管理職が強い口調で指導するようになり、複数のハラスメント相談が同時に発生しました。
相談の中には、
「どうせ言っても無駄でしょ…」
「結局、部長は自分の考えしかないから、私が何を言っても聞いてくれないんです」
「いつもそんな感じだから、最近はちょっと顔を見るのも嫌になって…」
と切り出した相談者からは、以下のような話がありました。
『なんで直ぐに動かないんだ。やることわかっているはずだ!』と言われて、自分では直ぐに対応していたつもりでしたが、部長は自分の指示に対して即座に動くのが当たり前だという考えがあるらしく。
そう言われても私も担当している仕事があるので、普通の言い方で必要な指示をしてくれればいいだけだと思うんです。『なんで直ぐに動かない!』って、それ部長の都合だけですよね。
何か言ったらまた何か言い返されるかなって黙っていたら、部長が『もういい!』って。
何が問題だったのか
このケースの本質は、
経営者の発言が、現場の行動基準になっていた点です。
管理職は、「社長もそう言っているし、自分もその方がやりやすい」「厳しくしても許される」と解釈し、指導がエスカレートしていました。
自分の言動がハラスメントに当たると気付いていない上司は意外に多く、特に、昭和世代と平成世代とのミスコミュニケーションはどの職場でも頻繁に起きています。
今回のケースは、社長のひと言が間違った解釈をされ、上司が思うとおりにならない場面で感情的に根拠のない叱責をする、結果、部下の萎縮が起きてしまい、その沈黙を慮ることなく更に逆方向の言動を繰り返していたケースです。
風の時代では、
経営者の価値観は、想像以上の速度で現場に浸透します。
トップの無自覚な一言が、組織全体のハラスメントリスクを高めてしまうのです。
対応と着地点
・経営者本人へのフィードバック面談
・「厳しさ」と「尊重」の線引きを言語化
・管理職向けにトップのメッセージを再定義
を行いました。
その結果、管理職から、「部下の沈黙が苦手だ、相手の答えを待つことができない」という意見も出てきました。事例でも上司は部下の「沈黙」、いわゆる「間」に耐えることができませんでした。
・管理職が、沈黙に耐えきれずに、自分の言葉(意見)で間を埋めてしまうケース、しかも暴言で
・意味のない確認で、沈黙を埋めてしまうケース:「わかるか?」「大丈夫か?」
・管理職の最初の「問い」が「曖昧」なために、まったく対話がはじまらないケース
そんな現象を社内で感じたら要注意です。
経営者が、「自分の言葉が、ここまで影響しているとは思わなかった」と認識を改めたことが、最大の転換点でした。
経営者から、「若い世代に対しては、部下が考えるための時間、意見を整理するまで待つことが大事だ。その結果として部下の主体的な思いや考えを聴き出して欲しい」という指示があり、管理職からも
「部下の本心が出るまでは、自分の意思を押し付けず、相手の主体的行動(=話したい意思)を待つことを心がけます」という具体的な意見も出てきました。
しっかりと聴く、出てきた意見は自分の考えと違っていても受け止める。
ひとり一人が認められていると感じる組織風土に、部下は仕事への自信と誇りを感じ、そこに感謝が加わることで、会社という組織がより強固となり、上司の厳しい言葉、高い要求も『当然』と受け容れることができる組織に変っていくのです。
最終的に、
・複数の相談は一本化され
・懲戒や訴訟に発展することなく収束
・経営層主導でハラスメント予防体制を構築
するに至りました。
■まとめ ―人的危機を防ぐ企業だけが、これからを生き残るー
人手不足が深刻化する中、人的な課題やトラブルは企業存続にも直結します。
このような問題を「起きてから対処する」と捉えている企業は、今後さらにリスクを抱えることになる一方で、予防と構造改善に取り組む企業は、社員の定着と生産性を両立することができるようになります。
「風の時代」は、決して感覚論や精神論の話ではありません。
時代の変化を正しく理解し、組織の在り方を調整することが求められています。
人的危機管理は、もはや守りではなく、経営戦略の一部なのです。
今、経営層や管理職層のアップデートの取り組みは、御社の未来を決定づけることになると言っても過言ではありません。