~その意味と原因、企業としての対策について~
はじめに
ハラスメント対策の強化は、企業にとって不可欠な取り組みです。
しかし今、その“副作用”とも言える深刻な問題が、組織の内部で静かに進行しています。
それが、管理職や経営層にまで広がる「ことなかれ主義」です。
「言わない方が安全」「関わらない方がリスクが低い」
そうした空気が組織全体を覆い、本来果たすべき指導やフィードバックが行われなくなってきています。
そしてさらに問題なのは、その過程で組織から“熱量”が失われていることです。
部下の成長に本気で向き合う上司が減り、人と人との関係は表面的なものとなり、結果として組織は着実に弱くなっているのです。
この状態は、決して安心・安全ではありません。
むしろ「衝突がない代わりに、成長も成果も生まれない組織」という、極めて良くない状態をつくり出しています。
その象徴とも言える現象が、通称「ホワイトハラスメント(以下ホワハラ)」と言われるものです。
一見すると善意や配慮に見える関わりが、実は社員の成長機会を奪い、エンゲージメントを低下させ、最終的には社員の離職を招くことに。
本記事では、このホワハラの実態と背景、そして企業としてどのように向き合い、立て直していくべきかについて解説いたします。
1.ホワイトハラスメント(ホワハラ)とは何か
ホワイトハラスメントとは、上司や経営層がハラスメントを過度に恐れるあまり、部下に対して必要な指導や関与を積極的にしないことで、結果的に部下の成長機会を奪ったり、行き詰り感を与えて精神的に追い詰めてしまうような状態を指す造語です。
本来、組織における上司の役割は、業務指導や育成を通じて部下の能力を引き出すことにあります。しかしホワハラ状態では、その役割が機能せず、組織全体のパフォーマンスにも悪影響を及ぼします。
日本ハラスメント協会代表理事の村嵜要さんによりますと、パワーハラスメント(パワハラ)の類型の一つである「過小な要求」型が、それに当たるそうです。
「当協会に寄せられるご相談の中で圧倒的に多いのが、パワハラに関するもので95%程度。ホワハラに当たる『過小な要求』型の相談は、そのうちの3割超を占めます。例えば、他の社員の仕事とは違う軽作業を別室でするよう命じられた、などですね。学校の先生の場合は、担任から外され掃除しかさせてもらえないといった事例があります。つまり、『ホワハラ』はこれまで、『パワハラ』として対処されていたのでしょう。」
とのことです。<読売新聞オンライン2024/05/17より>
これらは一部の人に対するハラスメントと言えますが、これが今社会的背景を伴って、別の形で多くの部下に対する一般的ハラスメントに拡大してきたとも言って良いでしょう。
2.なぜ今ホワハラが問題になっているのか
今ホワハラが注目される背景には、確かにハラスメント規制の強化という外部要因があります。企業はコンプライアンスを重視するあまり、「リスクを起こさないこと」を最優先に掲げ、現場の管理職にも無難で安全な対応を求める傾向が強まっています。
その結果、管理職は次のような思考に陥ります。
「注意したらパワハラになるのではないか」
「強く言えば問題になるかもしれない」
こうした不安が、指導の回避や関係性の希薄化を生み出していることは間違いありません。
しかし、問題の本質はそれだけではありません。
むしろ今、より深刻なのは、管理職層・経営層そのもののマネジメント力の低下です。
本来、上司とは単に業務を指示する存在ではなく、組織の方向性を示し、部下に「なぜやるのか」という意味を伝え、成長を促し、未来への希望を持たせる存在であるべきです。
ところが現実には、自社の「夢」や「ビジョン」を自分の言葉で語れない管理職・経営層が増えており、その結果部下に対して
「この会社で働く意味」
「この仕事の目的やその先にある価値」
を示すことができず、若手社員は目の前の業務を“こなすだけ”の状態に陥っていきます。
そして文字通り「言われたことだけをこなす若手社員」が育つことになるのです。
また上司自身が熱量を持って部下と向き合えなくなっている点も見逃せません。
かつての管理職は、多少の衝突があっても、本気で関わり、育てるという意識がありました。
しかし現在は、ハラスメントリスクを過度に意識するあまり、遠慮が先行し、踏み込んだ関わりを避ける。その結果、「関係は壊れないが、何も生まれない」という状態が常態化しています。
それでなくとも現代の若手世代は情報環境の変化により、受け身で情報を消費することに慣れた「受け身消費型」の傾向を持つ人材が増えています。本来であれば、こうした人材に対しては、上司が意図的に関わり、思考を促し、主体性を引き出していく必要があります。
しかし、現在の管理職の多くは、そのような関わり方ができていないのです。
結果として、「指導しない上司」→「育たない部下」→「活力のない組織」という悪循環が生まれている状況です。
このように、ホワイトハラスメントは、社会的背景をもとに、ことなかれ主義で、ビジョンも語れず、熱量を失った管理職が育ってしまったという社会問題と言っても過言ではありません。
だからこそ、この問題は放置しておいてはいけません。経営層が自らのあり方を見直し、組織としての関わり方を管理職層と共に再構築していくことが、今求められているのです。
3.世代間ギャップが引き起こすコミュニケーション不全
またホワハラの根本的な要因として大きいのが、世代間の価値観の違いです。
Z世代はデジタル環境で育ち、多様性や個人の尊重を重視することに加えて、コロナ禍でリアルなコミュニケーションを嫌う傾向があります。
一方で、30代後半から40代の現在の管理職層は、バブル崩壊後の就職氷河期を経験した50代半ばの上司から、厳しい指導や上下関係を大前提とした環境で育ってきています。
このような価値観の違いにより、具体的には次のようなズレが生じているのです。
上司としては、
・「部下が上司の言うことをきくのは当たり前」という考え方が通用しないなかで、指導の仕方がよくわからない。
・実務においては部下に丁寧に教えているので、言われたことはやるが、自分から能動的に行動することがない。
・残業をさせられないので、仕事が残っているのに放り出して帰ることを注意できない。
・プライベートなことを聞いたりすると、嫌われたり、ハラスメントと受け取られると思ってしまう。
部下からみれば、
・上司が常に一定の距離感をもって接してくる。
・上司が積極的に仕事の状況や困りごとを聞いてきたりしてこない。
・いつも忙しそうにしているので、質問や提案をしづらい雰囲気。
・多少の残業をすることに抵抗感はないのに、定時が近づくととにかく「帰れ」と言われる。
・普段の指示はチャットでくるので、一人の人間として関心がもたれていないように感じる。
結果として、双方が距離を取り、コミュニケーションが断絶された状態になっているのです。
4.現場で起きているホワハラの具体事例
ホワイトハラスメントの厄介な点は、それが「問題として認識されにくい形」で進行することにあります。
ある企業でのケースです。
入社2年目の若手社員が、顧客対応においてミスを起こしました。
本来であれば、その場で原因を整理し、どこに問題があったのか、次にどうすべきかを具体的に指導できる絶好の場面です。
しかし上司はこう言いました。
「大丈夫、あとはこちらで対応しておくから気にしなくていいよ」
若手社員も一時的には「助かった」と感じたかもしれません。
しかしその後、本人は、「何がいけなかったのか分からない」「次に同じことが起きたらどうすればいいのか分からない」という状態のまま次の業務に戻ることになります。
当然ながら、いつまでも自信は持てず、判断にも迷いが生じる。
上司としては「部下に負担をかけずに自分が責任を負う」と思っての行動だと思いますが、結果として部下は仕事に対する不安がどんどん蓄積していくことになります。
さらに深刻なのは心理面です。
「自分は期待されていないのではないか?」「面倒だから遠ざけられているのではないか?」
そうした疑念が芽生え、やがてそういった思いが強くなると、上司への信頼感は喪失していきます。
数ヶ月後、その社員は「このままここにいても成長できる気がしない」ということで、退職という選択に至りました。
こういった事例に共通しているのは、いずれも上司に“悪意がない”という点です。
むしろ、「傷つけたくない」「リスクを避けたい」「負担をかけたくない」という善意や配慮から生まれている行動です。
しかし、その善意が結果として、
・部下の成長機会を奪う
・信頼関係を希薄にする
・組織の活力を奪う
という形で、確実に組織を蝕んでいきます。
そしてより危険な点は、高圧的なパワハラのように“問題として認識されない”ことです。
強い言動がないために緊急性が見えず、気づかないまま時間だけが過ぎていく。これは管理職が本来果たすべき「育成」という最も重要な役割から目を背けた結果として、必然的に起きている現象です。
だからこそ、ホワイトハラスメントは、組織の存続に関わる重大なマネジメント課題として捉える必要があるのです。
5.ホワハラが企業に与えるリスク
結果、ホワハラが進行すると、企業には以下のようなリスクが生じます。
・若手社員の離職率が上昇します。成長実感が得られない環境は、特にZ世代にとって大きな不満要因となります。
・組織の生産性が低下します。適切な指導が行われないことで、ミスの再発・増加や業務の属人化が進むこととなり、組織のパフォーマンスが落ち、チームでものごとに取り組めなくなります。
・管理職自身と部下の両者の成長が止まります。
・またさまざまな問題が表面化しにくいため、結果的に大きなトラブルとなってから顕在化することになります。さらに上長が後始末をすべて自分で担うことにより、部下の課題解決力アップや仕事に対する責任感の醸成も削ぐことになります。
6.経営者が見落としがちな本質的課題とは?
多くの経営者は、ハラスメント対策として「禁止」や「ルール整備」に注力します。
しかし、特にホワハラの問題については、「やってはいけないこと」ではなく、「本来やるべきことが行われていない」点にあります。
さらに重要な点は、表面上は大きな問題になっていないと見えることが多く、トップが現場の実態を正確に把握できていないことが多いという点です。
現場では「指導できない上司」と「不満を抱える部下」が静かに水面下で増えているにも関わらず、問題がなかなか見えづらいため、対策が後手に回りがちになるのです。
そのために特に中小企業における経営層の方々や上長となる管理職の方々は、一般社員の皆さんの態度や顔色に至るまで、常に目を配っておく必要があります。
また時々ちょっとした声掛けや会話をすることも重要で、そのようなことでも何か健全ではない違和感を感じることはできるものです。
そういう意味では、経営層は管理職に何ごともお任せにしない、管理職も部下にお任せにしないということが基本的な考え方として重要になります。
7.ホワハラを防ぐための実践的アプローチ
ホワハラ対策において重要なのは、「適切な関与」を組織として定義することです。
単に優しくするのではなく、以下のようなバランスが求められます。
まず、指導の目的を明確に伝えることです。叱るのではなく、成長のためのフィードバックであることを共有することで、部下の受け取り方は大きく変わります。
そのための評価制度やフィードバックのあり方も大変重要です。
次に、管理職への教育が不可欠です。具体的には、ものごとの伝え方や面談スキル、フィードバック手法や雑談に至るまで、体系的に学ばせる必要があります。
さらに、相談窓口の設置や第三者の関与も有効です。外部の専門家が介在することで、どの立場の人に対しても相談できる受け皿となってもらい、感情に左右されない客観的な視点でのアドバイスがいただけ、場合によっては経営層と根本的な対応について相談・調整していただくこともできます。
なお当社では、企業の人的危機に関する豊富な経験と知見を活かし、事前の予防策から発生後の対応、管理職層の研修まで、一貫した支援を行っています。経営者と従業員双方にとって最適な解決に導いていくことが可能ですので、お困りの際にはどうぞお気軽にご相談ください。
8.まとめ
ホワイトハラスメントは、「優しさ」が生み出す新たな組織リスクです。
様々なハラスメントを恐れるあまり人と関わらないのではなく、適切に関わり育成することが本来のマネジメントの姿です。
特に管理職層の方々はいろいろと悩まれていることもあると思いますが、ひとつひとつを学んでいけば、それは決して難しいことではないのです。
特に中小企業においては、経営者の意思と管理職層の組織文化がそのまま現場に影響します。だからこそ、経営者と管理職および一般社員、管理職と一般社員、の正しい関わり方を設計し学んでいくことが重要です。
ホワハラは放置すれば静かに組織を弱体化さていきます。
それゆえに今、適切な対策を講じることが求められているのです。